東京地方裁判所 昭和31年(ワ)6482号 判決 1959年11月04日
原告 七宝不動産株式会社
右代表者代表取締役 内山三郎
同 金子賢
右訴訟代理人弁護士 中川久義
被告 草本こめ
〃 合資会社クサモト洋品店
右代表者代表社員 草本こめ
右両名訴訟代理人弁護士 佐瀬昌三
右両名訴訟復代理人弁護士 川上義隆
主文
被告草本こめは、訴外独研産業株式会社または原告から金一、五七五、〇〇〇円の支払を受けるのと引換に、原告に対し別紙目録記載の室の明渡をせよ。
被告合資会社クサモト洋品店は、原告に対し別紙目録記載の室の明渡をせよ。
被告らは、原告に対し、各自金一、三四四、〇〇〇円および昭和三三年一月一日から右明渡済に至るまで、一ヵ月につき金三八、〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。
原告の被告草本こめに対するその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用中、原告と被告草本こめとの間に生じたものは、これを五分し、その四を被告草本こめ、その一を原告の負担とし、原告を被告合資会社クサモト洋品店との間に生じたものは、同被告の負担とする。
この判決は、金員支払部分に限り、仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
本件室がもと訴外会社の所有であつたこと、および現在被告草本が本件室を占有していることは、当事者間に争がない。
しかして、成立に争のない甲第四、八号証、および証人庄野義信の証言を合せ考えると、昭和二九年二月一一日、原告は訴外会社からその所有にかかる本件室をも含めた本件建物を、売買により取得し、翌一二日その旨登記したものであつて、現在原告が本件室の所有者であることが認められる。なお、成立に争のない甲第一〇、一一号証、および証人庄野義信の証言によれば、訴外会社と原告とが同一の法人でないことを認めることができ、本件全証拠による両会社の同一性を認めることはできない。
本件室の使用関係を原告は使用貸借であると主張し、被告は賃貸借であると抗争するのでまずこの点について判断する。
被告草本が、訴外会社から、昭和二六年九月二八日、本件室を借受けたこと、およびその際被告草本が訴外会社に対し、損害保証金として金一、五七五、〇〇〇円を差入れた事実については当事者間に争いがない。しかして、成立に争のない甲第一号証、乙第一号証、証人庄野義信、同赤羽甲の各証言および被告草本尋問の結果の一部を合せ考えると、被告草本は訴外会社代表取締役庄野義信との間に前記のとおり契約を締結するに際し前記名義の金員を差入れたうえ、室貸借契約書と題する書面に押印を了したものであること、右保証金は本件建物が借主の過失によつて焼失、滅失、毀損した場合の損害保証金として、無利子で寄託するもので、契約終了に際し本件室を明渡すときはその明渡と同時に被告草本に返還されるべき約定であつたこと、右契約締結に際して、右損害保証金の利回りを以て本件室の賃料に見込む趣旨の合意のなかつたこと、契約書には賃料は本契約期間中無償とす、本貸借契約には権利金および敷金の定めなし、等と明記されているうえ、また実際にも、賃料や権利金、敷金を被告草本において支払つた事実のないこと、等が認められ、被告ら主張の賃借権を認めるに足る証拠はない。かつ右損害金の利廻りが当然賃料と見做されるものとなすこともできない。結局本件室貸借契約は賃貸借ではなく使用貸借であると認定せざるを得ない。
つぎに、被告ら主張の権利濫用の抗弁について判断するに、たとえ、被告らの主張するごとき事情が存在したとしても、それをもつて、直ちに、本件室明渡の請求を権利の濫用ということはできないから、被告らの右抗弁は採用することを得ない。
第三に、被告らの主張する留置権の抗弁について判断する。被告草本が訴外会社から本件室を借受けるに際して、損害保証金として、金一、五七五、〇〇〇円を訴外会社に差入れたことは当事者間に争がなく、また、右損害保証金は本件室の明渡と同時に被告草本に返還されるべき約定であつたこと、本件室の貸借が使用貸借であつて、所有者の交付とともに終了したものであることは、前示認定からみて明らかなところである。
しかして、前掲甲第一号証、乙第一号証および弁論の全趣旨からすると、右保証金一、五七五、〇〇〇円は、本件室の貸借契約と密接不可分の結合を有していることが認められ、右契約関係から生じたものとみることができるから、保証金返還請求権と本件室の占有との間には牽連関係があるものと認むべきである。結局、被告ら主張の留置権の抗弁は理由があり、被告草本は、訴外会社又は弁済につき正当の利益を有する原告から右保証金一、五七五、〇〇〇円の返還を受けるのと引換に原告に対し本件室の明渡をする義務があるものである。したがつてまた、右保証金の返還あるまで被告草本が本件室を占有することは適法であつて、右占有を不法なものとして賃料相当損害金の支払を求める原告の請求は失当である。
なお、被告らは、留置権の抗弁を主張するに当つて、右保証金一、五七五、〇〇〇円のほかに昭和二九年九月二二日更に金一、〇〇〇、〇〇〇円を保証金として原告側に差入れたと主張しているのであるが、証人庄野義信の証言および同人の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証によれば、右金一、〇〇〇、〇〇〇円は、被告草本が、昭和二九年九月二一日、訴外庄野義信に対し、本件室貸借に関する原被告間の係争の和解斡旋方を依頼した際、その和解が成立した場合に被告から原告に対し差入れるべき保証金として、右訴外庄野に渡したものであること、および右和解が不成立に終つたことが認められ、また前示認定のごとくその当時は、既に、本件室の所有権が原告に移転していたのであるから、結局、被告草本は、右金一、〇〇〇、〇〇〇円については、留置権を行使し得ないわけである。
第四に、原告の不当利得返還請求権の主張について判断する。被告草本が本件室を使用していることは被告らの認めるところであり、また、右のごとく、被告草本は、留置権に基き本件室を占有する権限を有しており、従つてその間の使用も許されるのであるが、室の使用は、それが保存に必要な行為と認められる場合のほかは、当然に留置権の内容となすものではないから、被告草本が本件室を使用していることは、原告の損失において法律上の原因なくして利得していることに帰し、被告草本が右利得を原告に返還すべき義務を負つていることは明らかである。しかして、この場合は、賃料相当額をもつて右利得額とみるを相当とするが、鑑定人渡部武文の鑑定の結果(第二回)によれば、原告主張の額が本件室の賃料相当額の範囲内であることを認めることができるから、これを求める原告の請求には理由がある。
最後に、原告の被告会社に対する主張について判断する。原告が本件室を含む本件建物を所有していることは前示認定によつて明らかであり、また、成立に争のない甲第二号証、証人庄野義信の証言および被告草本本人尋問の結果によれば、被告会社が昭和二八年三月から本件室を占有していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、被告らは、被告会社と被告草本個人の営業とはその人的構成、出資関係等において異る点はないのであるから、被告会社と草本個人とは全く同一性を有し、被告会社は本件室について独立の占有を有するものでないと主張するが、社会経済上はともかく、法律上は、両者を同一人格とみなすことは不可能であり、被告会社は本件室について独立の占有を有するものというべきである。しかして、被告らは、被告会社が本件室を占有するにつき正当の権限を有することに関し、他に主張、立証していないのであるから、結局、被告会社が本件室を何らの権限なく占有しているものであることは明らかである。したがつて、被告会社は原告に対し本件室の明渡をする義務があるものである。
右のごとく、何らの権限なく不法に本件室を占有している以上、室の所有者たる原告は通常賃料相当額の損害を被つていると考えるのが相当であり、鑑定人渡部武文の鑑定の結果(第二回)によれば、原告主張の額が本件室の賃料相当額の範囲内であることを認めることができるから、これを求める原告の請求には理由がある。
よつて、原告の被告草本に対する請求のうち、本件室の明渡を求める部分は、訴外会社または弁済につき正当の利益を有する原告において金一、五七五、〇〇〇円の支払をなすときは正当であるからこれを条件としてこれと引換にその請求を認容し、他を棄却し、不当利得金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、被告会社に対し、本件室の明渡および賃料相当の損害金の支払を求める請求は、理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤隆司)